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軍警に殺害されたダンサーが映画で同じシチュエーションを演じていた

山谷ブログさんが紹介していたテレビに出ていた青年が「麻薬取引に関わっていた疑い」で殺されたという事件に関して、彼が出ていた映画で同じような理由で警察に殺される役を演じていたことが話題になっていました。これにどんな意味があるかといえば、「彼が(多少の)有名人でなければここまで取り上げられない」ほど日常化している事態であるということと、「犯罪者に見えたので殺す」という繰り返され続ける軍警の横暴が広く認識されたいるにも関わらず、直接影響を受けるコミュニティや社会運動がその都度抗議をする一方でその被害に遭うことのない市民やメディアはこれを消費し続け、国外からは「やっぱり治安悪いんだね」とひとり合点する材料になるというパターンがすごく明らかになることだと思います。

 

この手のニュースは実際負いきれません。つい先日もリオデジャネイロで知り合った仲間が労働相談や学習支援、こどものレクリエーション活動を行っている地域で8歳のこどもが軍警に銃殺される事件が起きました。ただの悲劇には終わらせない気概の伝わる声明がでていて本当はご紹介したいのですが、また今度にします。

 

受け止め方次第で暴力の消費や無気力を引きだして終わってしまう気がしてこういうものを続けて紹介するのは気が引けるところがあります。でもひとりひとりの人生をいきながらも政府や制度の暴力に黙らない人たちが多くいること再確認して欲しいのも事実ですので。

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清掃労働者のストライキ各地に飛び火

リオデジャネイロをはじめブラジル全土に飛び火した清掃労働者のストライキですが、こんどはバイーア州ベロリゾンチでも。清掃労働者だけでなく、教育や医療の分野で働く公務員の多くもストを決行しました。

どの地域でも共通したオレンジ色の制服を来た労働者と溜まったゴミが闘争の象徴になりつつある気がします。画像画像画像

 

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竪川カフェ ブラジルの排除問題

 

いきたいのにいけない、、のですが。

http://www.jca.apc.org/nojukusha/san-ya/ より

5月10日(土)の竪川カフェではブラジルからの研究者をお招きし、ブラジルのファベーラ(スラム)で強行されている排除についてお話を伺います!今年のワールドカップと2016年のオリンピックを前に、都市の再開発のためファベーラをつぶそうとする動きと、それへの抵抗運動について!


日時:5月10日(土)
午後2時~ 竪川カフェ開始
午後3時~4時 ファベーラでの排除の問題についてゲストの方からお話
場所:竪川河川敷公園五の橋たもと公衆トイレ脇スペース
   (最寄り駅は亀戸駅と西大島駅です。)
お金:無料です

*ブラジルでは、今年にワールドカップ、2016年にオリンピック夏期大会を控え、都市での貧民の排除が大きな問題になっています。この問題について、ブラジルからの研究者の方をゲストにお招きして、お話をききます。大規模イベントのために行われている都市の再開発、そのブラジルで起こっていることとは?

以下、この問題についての記事の抄訳です。
「二つのファベーラで頂点に達するUPPの暴力とDGというダンサーの死」
http://san-ya.at.webry.info/201405/article_1.html

「武装警察によるファベーラの占領に対するコミュニティ住民のコメント」
http://san-ya.at.webry.info/201404/article_4.html

「ファベーラの平和と、鎮定と、UPP」
http://san-ya.at.webry.info/201405/article_2.html

*竪川カフェとは、江東区亀戸にある竪川河川敷公園の近くで行われているカフェイベントです。江東区による野宿者強制排除に抵抗する取り組みとつながりつつ、より広い枠の人々に問題を知ってもらうことを目的に、月に1度のペースで開催しています。

*竪川カフェは、野宿する人々の暮らしに隣接した場所での開催となります。生活の場でもありますので、写真やビデオの撮影については難しい場合も多くあります。その点をふまえての配慮を、適宜お願いすることもあるかと思いますのでご了承ください。よろしくお願いいたします。

連絡先:竪川を支える会
住所:台東区日本堤1-25-11 山谷労働者福祉会館気付 
電話:03-3876-7073(FAX兼) メールsan-ya@sanpal.co.jp 

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【人種と連帯】サッカーの試合中にバナナが投げられた事件について

反W杯以前に、サッカーを追っていないので初めはなんのことだかわかりませんでしたが、スペインのチームで活躍するブラジル人選手に向かって観客がバナナを投げるという差別な行為がされ、投げられた選手がそのバナナを拾って食べたという話が話題になっています。ブラジル国内では、この選手本人よりも、この選手に「連帯」するキャンペーンとして「#SomosTodosMacacos(われわれは皆サルである)」というハッシュタグやバナナをもった自撮り写真をインターネットに公開することがものすごい広まりを見せています。ただ、この「連帯行動」に問題があるとして、黒人運動や社会運動、また幅広い個人から抗議の声も上がっています。こういった人が何を問題にしているのか、少し調べてみようと思いました。

このキャンペーン、ネイマールが始めたとされれていますが、実は広告代理店が始めたものだそうです。Tシャツなどのグッズも作ってるのでキャンペーンの内容だけでなく金儲け主義との批判も聞かれています。

日本語のニュース
【衝撃サッカー動画】人種差別に対するブラジル人選手の対応がカッコイイと話題 / ネットの声「これ以上ない大人対応」

まずはこちらの記事から

“O que o Neymar fez foi uma tremenda imbecilidade”

’ネイマールがしたことはあまりにバカバカしい)Igor Carvalho(大学教授)著

「本キャンペーンは文化や歴史を無視している」と筆者はいいます。

「マーケティングの手法を駆使して、多くの人を間違った方法へ導き、ダニエウの行為すら覆い隠してしまっている。このキャンペーンには多くの有名人も参加している。」

ネイマールに関しては、以前も人種に関わる表現で批判を浴びたことがあるようです。歌手のアレシャンドレピレスのPVにサルの格好をして出演した時のことです。

筆者曰く、「ネイマールは自分を黒人だと思っていない」

ここで拙い解説をいれさせてください。黒人と人種を考える時、アメリカ合衆国では「一滴でも黒人の血が入っていれば黒人と見られる」と聞きます。マライア・キャリーなんかそうですね。それでも、少しでも白人に近い黒人が美的に価値が高いとされたり、白人社会になじみやすいなどの社会関係はもちろんあります。ブラジルは混血の国と言われますが、アフリカ系住民にとっては少しでも黒人以外の血を入れることで「黒人でなくなる」という意識があり、役所で身分証を作成する際に自己申告する人種の欄に「混血」と書く人が多い(実際はわかる範囲でその事実がなくても)と鈴木茂さんから授業を聴講した時にお聞きしました。ネイマールの場合は混血がどうというよりは、有名人になったことで名誉白人化している、という意味で筆者はこう書いたのだと思いますが、関係のある背景知識だと思ったので補足しました。

され、本文に戻ります。ダニエウの反応がオリジナリティがあり、レイシストに見向きもしなかったのに対して、ネイマールは文脈を完全に無視してしまっていると指摘されています。「郊外では若者がたくさん死んでいるのに、お遊びをしている場合じゃない」社会的な構造に目をむけるべきだと指摘しています。

続いて、黒人運動の活動かにより文章を紹介します。
Contra o racismo nada de bananas, nada de macacos, por favor!(反差別、バナナはナシだ、サルもナシだ、よろしく!)Douglas Belchiorによる

NeyAFRICA

 

左の写真がダニエウを支持するネイマールと息子、右の写真が1906年にニューヨークはブロンクスにあった動物園にてオタ・ベンガ

本文に入る前にwikipediaの説明を引用します。

オタ・ベンガ(1883年ごろ[1] – 1916年3月20日)はコンゴムブティ・ピグミーであり、ミズーリ州セントルイスで開かれた万国博覧会(1904年)の人類学展で展示品となったアフリカ人の一人として知られる。ベンガは1906年にもブロンクス動物園に設置されて物議を醸した人間動物園の呼び物となった。ブロンクス動物園では構内のサル園に「展示」される時間帯以外は自由に敷地を動き回ることができたが、このように非西欧人を人類の進化における「初期段階」の生きた標本として展示することは、進化生物学の概念と人種理論がなめらかに結びつくこともしばしばであった20世紀はじめには奇習としては扱われなかったのである。

「黒人とサルを並べることは本質的に人種差別である。それでも黒人への侮蔑としてサルを持ち出すことの深刻さを理解していな人が多い。」

メルボルンの医学史、生命科学史研究家のJames Bradley氏によるThe ape insult: a short history of a racist idea“(侮蔑としてのサルー人種差別的な考えの短い歴史)という文章を引用して話が進みます。

Termina o artigo dizendo que “O sistema educacional não faz o suficiente para nos educar sobre a ciência ou a história do ser humano, porque se o fizesse, nós viveríamos o desaparecimento do uso do macaco como insulto.”

「この記事はこう締めくくられる『教育システムは科学や人類の歴史を十分に学ばせてくれない。もしちゃんとしていたら、サルを侮蔑的に使うことはなくなるはずだからだ』

親愛なるネイマールよ、わたしたちはサルではないよ。ダニエウがバナナを食べたことと、反人種差別を謳ったネイマールのキャンペーンは分けてかんがえなくてはいけない。

<つづく>