【人種と連帯】サッカーの試合中にバナナが投げられた事件について

反W杯以前に、サッカーを追っていないので初めはなんのことだかわかりませんでしたが、スペインのチームで活躍するブラジル人選手に向かって観客がバナナを投げるという差別な行為がされ、投げられた選手がそのバナナを拾って食べたという話が話題になっています。ブラジル国内では、この選手本人よりも、この選手に「連帯」するキャンペーンとして「#SomosTodosMacacos(われわれは皆サルである)」というハッシュタグやバナナをもった自撮り写真をインターネットに公開することがものすごい広まりを見せています。ただ、この「連帯行動」に問題があるとして、黒人運動や社会運動、また幅広い個人から抗議の声も上がっています。こういった人が何を問題にしているのか、少し調べてみようと思いました。

このキャンペーン、ネイマールが始めたとされれていますが、実は広告代理店が始めたものだそうです。Tシャツなどのグッズも作ってるのでキャンペーンの内容だけでなく金儲け主義との批判も聞かれています。

日本語のニュース
【衝撃サッカー動画】人種差別に対するブラジル人選手の対応がカッコイイと話題 / ネットの声「これ以上ない大人対応」

まずはこちらの記事から

“O que o Neymar fez foi uma tremenda imbecilidade”

’ネイマールがしたことはあまりにバカバカしい)Igor Carvalho(大学教授)著

「本キャンペーンは文化や歴史を無視している」と筆者はいいます。

「マーケティングの手法を駆使して、多くの人を間違った方法へ導き、ダニエウの行為すら覆い隠してしまっている。このキャンペーンには多くの有名人も参加している。」

ネイマールに関しては、以前も人種に関わる表現で批判を浴びたことがあるようです。歌手のアレシャンドレピレスのPVにサルの格好をして出演した時のことです。

筆者曰く、「ネイマールは自分を黒人だと思っていない」

ここで拙い解説をいれさせてください。黒人と人種を考える時、アメリカ合衆国では「一滴でも黒人の血が入っていれば黒人と見られる」と聞きます。マライア・キャリーなんかそうですね。それでも、少しでも白人に近い黒人が美的に価値が高いとされたり、白人社会になじみやすいなどの社会関係はもちろんあります。ブラジルは混血の国と言われますが、アフリカ系住民にとっては少しでも黒人以外の血を入れることで「黒人でなくなる」という意識があり、役所で身分証を作成する際に自己申告する人種の欄に「混血」と書く人が多い(実際はわかる範囲でその事実がなくても)と鈴木茂さんから授業を聴講した時にお聞きしました。ネイマールの場合は混血がどうというよりは、有名人になったことで名誉白人化している、という意味で筆者はこう書いたのだと思いますが、関係のある背景知識だと思ったので補足しました。

され、本文に戻ります。ダニエウの反応がオリジナリティがあり、レイシストに見向きもしなかったのに対して、ネイマールは文脈を完全に無視してしまっていると指摘されています。「郊外では若者がたくさん死んでいるのに、お遊びをしている場合じゃない」社会的な構造に目をむけるべきだと指摘しています。

続いて、黒人運動の活動かにより文章を紹介します。
Contra o racismo nada de bananas, nada de macacos, por favor!(反差別、バナナはナシだ、サルもナシだ、よろしく!)Douglas Belchiorによる

NeyAFRICA

 

左の写真がダニエウを支持するネイマールと息子、右の写真が1906年にニューヨークはブロンクスにあった動物園にてオタ・ベンガ

本文に入る前にwikipediaの説明を引用します。

オタ・ベンガ(1883年ごろ[1] – 1916年3月20日)はコンゴムブティ・ピグミーであり、ミズーリ州セントルイスで開かれた万国博覧会(1904年)の人類学展で展示品となったアフリカ人の一人として知られる。ベンガは1906年にもブロンクス動物園に設置されて物議を醸した人間動物園の呼び物となった。ブロンクス動物園では構内のサル園に「展示」される時間帯以外は自由に敷地を動き回ることができたが、このように非西欧人を人類の進化における「初期段階」の生きた標本として展示することは、進化生物学の概念と人種理論がなめらかに結びつくこともしばしばであった20世紀はじめには奇習としては扱われなかったのである。

「黒人とサルを並べることは本質的に人種差別である。それでも黒人への侮蔑としてサルを持ち出すことの深刻さを理解していな人が多い。」

メルボルンの医学史、生命科学史研究家のJames Bradley氏によるThe ape insult: a short history of a racist idea“(侮蔑としてのサルー人種差別的な考えの短い歴史)という文章を引用して話が進みます。

Termina o artigo dizendo que “O sistema educacional não faz o suficiente para nos educar sobre a ciência ou a história do ser humano, porque se o fizesse, nós viveríamos o desaparecimento do uso do macaco como insulto.”

「この記事はこう締めくくられる『教育システムは科学や人類の歴史を十分に学ばせてくれない。もしちゃんとしていたら、サルを侮蔑的に使うことはなくなるはずだからだ』

親愛なるネイマールよ、わたしたちはサルではないよ。ダニエウがバナナを食べたことと、反人種差別を謳ったネイマールのキャンペーンは分けてかんがえなくてはいけない。

<つづく>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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